
日本では、生産年齢人口の減少に伴う税収の落ち込みが課題となっています。一方で少子高齢化の進行による将来的な社会保障費の増加が見込まれており、税収の確保が不可避な状況です。
そのような背景から、日本では、2019年10月1日に消費税率が8%から10%に引き上げられました。
ここで、消費税率の引き上げは小売価格を上昇させるため、民間消費の低迷を通じた経済の落ち込みを発生させます。
加えて、中小規模の事業者にとっては、売上確保のため小売価格に税率を転換しきれず、税負担が増加する状況も発生します。
こうしたマイナスの影響が大きくなると、消費税率を引き上げたにも関わらず、税収が低下する事態発生しかねません。
消費税率の引き上げに伴う民間消費の落ち込みを緩和するため、政府は「軽減税率」などの消費低迷緩和策を導入しました。
そして、中小規模の事業者が緩和策を活用できるよう、3つの補助金制度を施行しました。
・軽減税率対策補助金
・キャッシュレス・消費者還元事業
・マイナポイント事業 事務経費補助
キャッシュレス・消費者還元事業は2020年6月末に終了予定です。
しかし、9月からマイナポイント事業が予定されており、消費低迷緩和策は継続される見通しです。その為、中小規模の事業者にとっては、補助金制度にキャッチアップすることが必要となります。
本記事では、以下の構成により、消費税率引き上げによる消費低迷緩和策の活用を狙いとする3つの補助金制度を徹底解説します。
消費税率引き上げの背景
補助金制度の説明に入るにあたり、消費税引き上げの背景について説明していきます。背景を認識することで、日本の社会保障の現状や将来的な消費税率の引き上げの可能性などを把握できるようになります。
日本の高齢化社会の状況
消費税引き上げの最大の理由は、社会保障費の財源確保です。
日本の社会保障費は年々増加しています。
一番の原因は、少子高齢化の進行です。
2020年時点で、日本の高齢化率(総人口に占める65歳以上の人口の割合)は約3割です。
欧米先進国の高齢化率が10%台後半~20%台前半であるのに比較すると、突出した数字になっています。
高齢化率は今後も高まり続ける見通しであり、2050年には約40%にまで達することが予測されています。
これは、国民の10人に4人が高齢者であることを意味しています。
社会保障費の財源の不足
こうした状況において、社会保障費も増加し続けています。
1990年には社会保障費は56兆円でしたが、2017年には121兆円にまで増加しています。一方で社会保障費の財源である保険料の徴収額は約70兆円にとどまっており、残りの50兆円は税金や国債発行(国の借金)で賄われています。
このように、現在の日本では、高齢化の進行により社会保障費の増加が見込まれる一方、生産年齢人口の減少によって社会保障費の財源確保が難しくなっています。
消費税を社会保障費の財源とする理由
次に、社会保障費の財源として消費税が挙げられている理由を説明します。
消費税は、他の税収(所得税や法人税)とくらべて下記のような3つのメリットがあります。
(1)特定の世代に負担が偏らない
(2)景気(経済動向)などの変化に左右されにくい
(3)経済活動に対する影響が相対的に小さい
それらについて詳しく見ていきましょう。
(1)特定の世代に負担が偏らない
消費税は、商品やサービスの購入に伴って支払われるため、国民が等しく負担します。
そのため、特定の世代や属性に負担が偏らず、国民全体で広く負担を分かち合う税金といえます。
(2)景気動向に左右されにくい
消費税は、所得税や法人税などと比べると、景気動向に左右されにくい特徴があります。
例えば、所得税や法人税は不況時に減少し、好景気に増加する傾向があります。一方で、社会保障費は、日常生活への支援という面が強いため、景気の好不況に関わりなく発生します。
そのため、消費税は、社会保障制度の財源として他の税収よりも適していると言えます。
(3)経済活動に対する影響が相対的に小さい
消費税は国民が等しく負担する為、国民の不公平感が無く経済成長と親和的です。
例えば、法人税は企業(法人)に、所得税は高所得者に対し負担を強いるなど、特定の経済主体に負担を強いる形になっています。
また、消費税は輸入品に課税される一方、輸出品に対しては免税されるため、事業者の国際競争力に対しても中立的です。
消費税率の今後の動向
2019年10月から適用された消費税率10%は、1989年4月の導入時の3%から比べると、3倍以上も増加しています。
しかし、10%という水準は、諸外国と比べると必ずしも高いものではありません。
例えば、2019年10月時点では、スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどの北欧諸国では25%となっています。
他のヨーロッパ各国でも20%を超えている国が多くあります。
日本の高齢化率がヨーロッパ各国よりも高いことを考慮すると、日本においても、将来的に消費税率のさらなる引き上げが予想されます。
消費税引き上げによる消費低迷の緩和策
消費税は、他の税収と比べると平等ではありますが、一方で、税率の上昇は、国民の消費意欲にマイナスの影響を与えます。
消費税は、1989年4月に3%として導入されましたが、1997年4月には3%から5%に、2014年には5%から8%に上昇しました。いずれの時期においても、増税直後に国民消費は一時的な落ち込みを見せています。
例えば、増税があった年の年率換算で見た内需成長率は、1997年4-6月期では-5.8%であり、2014年4-6月期では-11.4%と一時的に大きく落ち込んでいます。
加えて中小規模の事業者にとっては、販売量の落ち込みを回避するため、小売価格に税率を転換できない場合があります。
その場合、事業者側で増税分を負担することになります。その結果、事業者の利益率が減少し、経営自体が圧迫されます。
このように、消費税率引き上げのマイナスの影響が大きいと、税収自体が減少してしまう懸念もあります。
そこで、政府は消費増税とともに、税率上昇の影響を緩和する3つの措置を打ち出しました。
・軽減税率制度
・キャッシュレス・消費者還元
・マイナポイント事業
これらについて、概要を説明して行きます。
軽減税率制度
軽減税率とは、特定の品目の課税率を8%のまま据え置く制度の事です。据え置きの対象品目には、下記のように国民生活への影響が大きい生活に密着した品目が定められています。
・酒類及び外食を除く飲食料品
・週2回以上発行される新聞の定期購読料(政治、経済、社会、文化等に関する事実を掲載するもの)
キャッシュレス・消費者還元制度
キャッシュレス・消費者還元制度とは、キャッシュレス決済手段で支払いを行うと、支払額の最大5%の消費還元を受けることができる制度です。2019年10月~2020年6月の9カ月間の時限措置となっています。
対象となるキャッシュレス決済手段は、クレジットカード、デビットカード、電子マネー、QRコードなど広く認められています。消費還元額は、中小規模の店舗では5%、フランチャイズチェーン店舗やガソリンスタンドなどでは2%となっています。
当制度の狙いには、軽減税率制度と同様の消費税率引き上げによる負担軽減の他に、キャッシュレス化の推進もあります。
日本は世界全体で見れば先進国ですが、キャッシュレス化は遅れています。2016年時点において、日本のキャッシュレス決済比率は約20%ですが、米国では約46%、中国では約66%、イギリスでは約69%、韓国では約96%となっています。
キャッシュレス化は、消費者だけでなく、事業者の業務効率化も狙いとしています。各店舗においては、レジ締め(現金残高の確認・照合)に1日平均して2時間以上の時間がかかっています。キャッシュレス化の推進は、現金管理の事務手間の削減の面からも大きな効果が期待されています。
マイナポイント事業
マイナポイント制度とは、マイナンバーカードを取得したうえで、申し込み時に選択したキャッシュレス決済サービスでチャージや買い物をすると「マイナポイント」というポイントが付与される仕組みです。ポイント還元率は25%で、上限で5,000円分のポイントが付与されます。
当事業は、2020年9月1日~2021年3月31日までの7か月間がポイント付与期間となっている時限措置です。当事業は、6月末に終了する「キャッシュレス・消費者還元制度」の後続と位置付けることができます。
消費低迷緩和の活用の為の補助金制度について
消費税率引き上げによる消費低迷緩和策は、一般消費者にとって負担軽減につながるものですが、事業者にとっての負担は増えます。例えば、軽減税率対象品目の8%、それ以外の品目の10%を識別してレシートを発行するレジの導入が必要になります。
こうした事業者側の負担を軽減し消費緩和策の普及を進めるため、政府の補助金制度が施行されています。
以下では、3つの補助金制度について説明していきます。
軽減税率補助金
当補助金制度は、軽減税率の対象となる中小企業・小規模事業者等に対して経費の一部を補助することで、軽減税率への準備が円滑に進むことを目的としています。
制度の詳細は、「独立行政法人 中小企業基盤整備機構」のホームページをご確認ください。
[独立行政法人 中小企業基盤整備機構]
当補助金制度は、大きく以下の3つの申請類型から成り立っています。
(1)(A型)複数税率対応レジや券売機の導入改修
(2)(B型)受発注システムの改修等の支援
(3)(C型)請求管理システムの改修等の支援
いずれも、自己負担率は1/4、国からの補助率は3/4となっていますが、補助金の上限金額など細かな条件は、申請類型ごとに異なっています。なお、当補助金制度の受け付けは、2019年12月16日に終了しました。
キャッシュレス・消費者還元事業
当補助金制度は、消費税率引上げ後の消費喚起と、中小・小規模事業者のキャッシュレス化を推進するという2つの目的があります。そしてキャッシュレス決済事業者に対し、決済手数料の補助や、キャッシュレス決済端末の導入に係る費用など幅広く補助します。
制度の詳細は、経済産業省の補助金のホームページをご確認ください。
[キャッシュレス・消費者還元事業]
当事業は、下記の4つの補助金制度から成り立っています。
(1)消費者還元補助
消費者がキャッシュレス決済手段を用いて中小・小規模事業者の店舗で支払いを行った場合の還元額の原資を補助します。
(2)加盟店手数料補助
中小・小規模事業者(フランチャイズ加盟店)がキャッシュレス決済事業者に支払う加盟店手数料を3.25%以下と定めます。加えて、加盟店手数料の1/3を国が補助します(加盟店手数料は実質3.25×2/3 = 2.17%以下となります)。
(3)決済端末補助
キャッシュレス決済事業者が決済端末等の導入費用の1/3を負担することを前提に、残りの2/3を国が補助します。
(4)事務経費補助
キャッシュレス決済事業者が本事業に参加するために追加的に発生するシステム開発や、キャッシュレス決済の広報活動に関わる事務経費の一部を補助します。
上記の(1)~(4)の補助金は、すべて決済事業者に支払われます。消費者に対する還元や、加盟店への決済端末などの提供は、決済事業者がそれぞれの主体に対し行います。
なお、当補助金の申請受け付けは、2020年2月28日に終了しています。
マイナポイント事業 事務経費補助
当事業においても、決済事業者向けに補助金制度があります。
制度詳細は、総務省のホームページをご確認ください。
[キャッシュレス決済事業者の方]
当補助金では、下記の3種類の経費が対象となります。
(1)人件費
マイナポイントの申込に向けた準備のために、追加的に雇用した派遣社員等の人件費(システム開発に係る人件費を除く)。
(2)事業経費
・ホームページ制作費(本業務の情報公開に必要な部分に係る外注費に限る)
・コールセンター準備費(外注の場合に限る),
(3)システム開発費
・本事業における不正行為を発見し、不当な取引の検知を行うためのシステム開発
・補助金事務局等へのデータ連携機能開発
・マイナポイント付与を行うための追加的なシステム評価・開発
補助率はいずれも100%(上限2億円)ですが、補助金の利用用途が厳しく制限されています。
補助金の募集は2020年3月31日で一旦終了していますが、窓口への申請・相談は引き続き受け付けています。まだ登録が済んでいない事業者においては、総務省のホームページを確認するようにしましょう。
まとめ
2019年10月消費税率の引き上げに伴い、消費落ち込みを緩和策するための「軽減税率制度」など3つの施策が導入されました。一方で、消費低迷緩和策は、事業者にとって複数税率に対応するためのレジの導入など負担が発生します。
そのため、事業者が消費低迷緩和策を活用するための補助金制度が導入されました。
・軽減税率対策補助金
・キャッシュレス・消費者還元事業
・マイナポイント事業 事務経費補助
2020年4月時点では、上記3補助金のうち、マイナポイント事業以外の補助金受付けは終了しています。
しかし、消費の落ち込みの回避、キャッシュレス決済の普及は政府にとって今後も取り組むべき課題です。また、少子高齢化の進行度合いや諸外国の消費税率との違いを考慮すると、今後の消費増税も予想されます。
そのため、今後も同様の消費刺激策やそれに伴う補助金制度が施行されることが予想されます。特に、補助金制度の対象の候補となる中小事業者においては、引き続き、政府の補助金制度を注視していくことが求められます。