助成金は、国や地方自治体が推進する政策に合う活動をしている企業に対し、条件を満たすことで支給されます。助成金の魅力は、何よりも「返済不要」であることです。
例えば中小企業にとっては、採用や研修など人的資源への投資が必要と考えていても、本業を優先する為、思うように人的投資に資金をまわすことができません。
そこで、助成金によって人材育成にかける投資を補てんできれば、社員のスキル向上を通じて会社が成長するなど、大きなメリットを享受することができます。「受給できる機会は少しでも多く活用したい」と考える中小企業が多いのも自然なことです。
ただし、助成金の申請書類は複雑なため、不慣れな会社にとっては、外部の社労士に申請代行を委託した方が効率的な面もあります。
しかし、申請代行の依頼にあたっては、考慮すべき点があります。例えば、助成金の申請代行を委託した外部の社労士が虚偽の申請を行うことで、意図せず不正受給となり罰則を受けてしまう可能性があります。そうなると助成金が会社経営にプラスになるどころか、場合によっては、会社の事業継続が危ぶまれる事態にもなりかねません。
特に近年では、助成金の不正受給が問題になっており、2019年4月から助成金の不正受給が発覚した場合のペナルティが厳しくなりました。
そこで当記事では、下記の構成で、助成金申請を外部の社労士へ委託する際に発生するリスクを3つの視点からまとめます。
加えて、リスク回避のために考慮すべき点を紹介します。
(1)助成金申請書類作成の難しさ
(2)助成金申請に追加費用が発生するリスク
(3)虚偽の申請が行われるリスク
(4)不正受給により罰則を受けるリスク
(5)助成金活用のリスクを回避するために考慮すべき点
助成金申請書類作成の難しさ
最初に助成金について簡単に整理しておきます。助成金は、下記のように様々な目的で活用することができます。
(1)高齢者の雇用安定
(2)派遣社員や契約社員などを正社員化
(3)未経験者のトライアル雇用
(4)研修の実施
(5)健康づくり制度の整備
上記の中でよく活用されるのが、(2)の「派遣社員や契約社員などの正社員化」に関わる助成金です。この助成金は、有期契約労働者もしくは無期契約労働者を正社員として登用した場合に受給できる助成金です。
助成金を活用することで、契約社員や派遣社員として働く優秀な人材を、正社員として登用し、さらに活躍してもらうことができます。加えて、彼らが安定を求めて他企業の正社員に転職することを食い止めることにも役立ちます。
助成金申請書類作成の難しさ
このように、助成金は受給することで大きなメリットを享受できます。しかし助成金申請に不慣れな会社は、下記のように不備のある申請書類を提出してしまう可能性があります。
・申請書類の記入欄が多く煩雑なため、記入漏れをしてしまう。
・申請にあたり用意すべき資料・書類の数が多く、必要書類をそろえられない。
・自社にあった助成金が分らず、助成金の目的外の申請を行ってしまう。
上記の理由により、苦労して資料を作成したのにも関わらず、助成金の受給ができなくなってしまう場合があります。
特に、助成金の申請においては、労務関係の書類を揃えることが重要です。就業規則をはじめとした各種規定や、時間外労働の管理などを日頃から整備しておく必要があります。
労務管理を日頃からしっかり行っている会社では、提出書類に不備がないため、必要書類もすぐに揃えることができます。その結果、助成金の審査がスムーズに進みます。
しかし多くの中小企業では、書類をそろえることが難しいのが実情です。その結果、助成金申請書類の提出をあきらめたり、苦労して提出したにもかかわらず、審査で却下されてしまったりと、手間ばかりかかってしまう事になりかねません。
社労士など外部業者への申請代行について
上記のように、助成金申請に不慣れな会社にとっては申請に相当の時間と手間が掛かります。そのため外部の社労士に申請代行を依頼することが、解決策の一つとなります。
しかし申請代行を依頼するにあたっては、考慮すべきリスクがあります。以下では、外部の社労士に申請を行うにあたって発生するリスクを3つの観点から説明します。
助成金申請に追加費用が発生するリスク
まず「コンサルタント」や「社労士」など外部の業者に申請代行依頼する場合、申請代行費用が発生します。依頼によって発生する費用には、大きく下記のものがあります。
① 手続きなどを行ってもらう為の「着手金」
② 助成金支給に成功した場合に支払う「成功報酬」
実績があり優良な社労士に依頼できれば、本来業務へ経営資源を集中できるため、申請代行費用をペイできるでしょう。
しかし運悪く、悪徳な業者に依頼してしまうと、法外な申請代行費用を請求されたにも関わらず、申請が却下されてしまうという、追加費用が発生するリスクが生じてしまいます。
虚偽の申請が行われるリスク
また当然ですが、外部の社労士は、助成金の受給に成功しなければ「成功報酬」を得ることができません。そのため、委託された社労士が、抜け道を探すことや、虚偽または不正すれすれの手続きが行うリスクもあります。
抜け道や虚偽・不正手続きの例
ここで、虚偽申告の代表的な事例をご紹介します。
(1)虚偽の雇用形態での申請を行う
本当は正社員しか雇用していないが、「契約社員です」と偽り、正社員化の助成金を申請する。
(2)受講していない研修費用を申請する
実際には研修を受けていないにもかかわらず、「研修を受講した」と偽り申請する。
(3)書類を偽造する
「助成金対象の労働者の勤怠記録の写し」の提出の際に、「これまで勤怠管理簿を作成していなかった」などと、後付けで適当な勤怠管理簿を作成し、その写しを提出する。
外部の社労士に申請代行を委託する際には、彼らが作成した資料を、提出前に精査・確認する必要がありますが、丸投げ状態だと上記のような虚偽の申請に気づくことができません。その結果、知らず知らずのうちに、不正行為に加担してしまっている事にもなりかねません。
加えて、社労士以外の業者が報酬を受け取って助成金の申請手続きを行うことは、社労士法の違反行為になります。この事も申請代行を依頼する際に確認すべき点となります。
不正受給により罰則を受けるリスク
上記のような不正行為が行われることで、その発覚により罰則を受けるリスクも発生します。「作成代行を依頼した社労士が勝手に不正を行った」と主張しても、連帯責任を免れることができません。
不正受給による主な罰則としては、下記のようなものがあります。これらは、実際に助成金を受給しなくても申請するだけで適用されます。
(1)すべての助成金に対し、今後5年間、助成金が支給されない
2019年4月から、不正受給を行った会社に対する不支給期間が、3年間から5年間に延長されました。
(2)不正受給した会社の関係会社にも罰則は及ぶ
不正受給を行った会社の役員などが、関連会社など他企業の役員などになっている場合には、その関連会社に対しても5年間の助成金の不支給期間が適用されます。
加えて実際に手続きを行った社労士も、5年間は助成金の申請ができなくなります。2019年4月以前は、社労士には罰則は適用されませんでしたが、「不正を見抜けなかった社労士も悪い」と処罰が適用されるようになりました。
(3)不正受給をした会社情報が公開される
会社にとっては、ここが一番きついところです。公開される情報は、会社名、代表者名、各拠点の事業所名、所在地、不正受給の金額、内容などにまで及びます。
その結果、企業ブランドが失墜し、取引先やユーザー、金融機関などとの取引停止や融資停止つながり、業務継続が危ぶまれる事態にもなりかねません。
それ以外にも、不正受給をした助成金の返還や、不正が悪質な場合は詐欺罪で刑事告発される可能性もあります。
助成金活用のリスクを回避するために考慮すべき点
会社が助成金申請を「自分ごと」として捉え、対応しない限り、上記のリスクは発生します。そこで、リスクを回避するために必要なことを下記で整理します。
悪質な社労士を見分けるための注意点
社労士の中には、親身になってサポートをしてくれる所も多くあります。しかし一方で、助成金受給の成功報酬だけを目的に、不正申請を持ちかけてくる悪徳な業者が存在することも事実です。
このような悪徳業者を見分けるには、下記のような点に注意する必要があります。
(1)提案時に成功報酬のことばかりを強調する
申請に関する注意事項や説明などをあまりせず、受け取る成功報酬のことばかり強調してくる場合は要注意です。
(2)受給条件に無理やり当てはめようとする
これは、助成金の本来の目的から逸脱した行為にあたります。会社が不正受給で罰則を受けるリスクも無視しています。
(3)サービス内容が助成金申請のみである
助成金申請は、社労士業務の一部分でしかしかありません。また、解決策には助成金以外の手段も存在します。会社の労務全体を考慮し、助成金以外の手段も含めて最適な解決策を探ろうとする社労士を選ぶ必要があります。
日々の労務管理を適切に行うこと
実際に申請の代行を依頼した社労士の不正を見抜くためには、日々の労務管理をしっかり行うことが必要です。
それにより、社労士の作成した書類の中身を把握できるようになります。申請資料の進捗状態も確認できますし、不正申請をしようとしていた場合に、気付くこともできるでしょう。
まとめ
助成金の申請には、労務管理を整備したり、多くの資料を作成したりと、手間がかかる事も事実です。多くの中小企業にとっては、本業を優先すべく、申請作業を外部の社労士などに代行せざるを得ない場合もあるでしょう。
その際に発生するリスクに対する考慮が足りないと、多額の申請代行費用を支払ったにもかかわらず、助成金を受給できない可能性があります。加えて、意図せず不正受給を行ってしまい罰則を受けることで、会社の事業継続自体が危うくなってしまう可能性もあります。
そうした事態を避け、助成金を受給して効果的に活用できるよう、自社の労務管理をきちんと行うことや、優良で実績のある社労士を選ぶ視点を持つようにしましょう。