
近い将来、利益を生み出す見込みのある優良ベンチャー企業に対し、ハイリターンを狙った投資を行うベンチャーキャピタル(VC)。
起業したばかりで信用がなく銀行などからの融資を受けることが難しいベンチャー企業にとっては、ベンチャーキャピタルからの出資は大切な資金源となります。希望資金調達額に見合うベンチャーキャピタルを見つけ、出資を受けたいと考えているベンチャー企業経営者や起業家の方も多いでしょう。
国内外にベンチャーキャピタルは数多くありますが、そのどれもに運営方針、投資対象の違いなど様々な特徴があります。
出資を受けるベンチャーキャピタルを決定する際には、希望資金調達額が見合うだけでなく、自分の会社の相性が良いことや、ベンチャーキャピタルのキャピタリストとの相性も重要になってきます。
この記事では「政府系ベンチャーキャピタル(政府系VC)」について、そして政府系ベンチャーキャピタルから資金調達を受ける方法や利用するメリットについて解説していきます。
政府系ベンチャーキャピタルとは?
1963年、中小企業投資育成株式会社法という法律が制定されました。
この法律は資金調達は難しいものの将来性のある有望な中小企業に対し、投資を受けやすいように政府系の機関が投資を行う投資育成会社に関するもので、日本の政府系ベンチャーキャピタルとして知られる「東京中小企業投資育成株式会社」はこの法律を基にして設立され、姉妹会社である「大阪中小企業投資育成」と「名古屋中小企業投資育成」と共に日本のベンチャー企業に出資を行っています。
東京中小企業投資育成株式会社の投資スタイルは育成を重視した長期保有であり、歴史のある中小企業には無理に上場することを求めずに、安定的な配当を期待するというのが他の多くの民間系ベンチャーキャピタルとの大きな違いです。
東京中小企業投資育成株式会社の2013年3月末までの投資実績は1996社、1049億円で、そのうちの80社以上は上場を果たしています。タカラトミー、キングジム、オンコセラピー・サイエンス、メディネット、日本風力開発、竹内製作所などの有名企業も東京中小企業投資育成株式会社からの出資を受けた会社です。
民間系ベンチャーキャピタル…IPOやM&Aでのイグジットでハイリターンを期待
政府系ベンチャーキャピタル…無理なIPOはせず安定的な配当を期待
政府系ベンチャーキャピタル5社
日本の政府系ベンチャーキャピタル5社についてご紹介していきます。
- 東京中小企業投資育成
- 名古屋中小企業投資育成
- 大阪中小企業投資育成
- DBJキャピタル(日本政策投資銀行グループ)
- 産業革新機構(INCJ)
投資育成会社
投資育成会社は東京、名古屋、大阪の3エリアに会社があり、それぞれの営業エリアを担当しています。3社とも中小企業投資育成株式会社法に基づいて1963年に設立されました。
- 東京中小企業投資育成…静岡県・長野県・新潟県以東の18都道県
- 名古屋中小企業投資育成…東海三県、富山県・石川県
- 大阪中小企業投資育成西日本の24府県(福井・滋賀・奈良・和歌山以西、沖縄まで)
法律に基づいて経済産業大臣が監督を行ない、地方公共団体や金融機関による出資を受けている機関である投資育成会社は中小企業の資金面のバックアップを行う「投資業務」。経営相談、ビジネスマッチングなどの「育成業務」で出資先企業の健全な成長をサポートします。
設立から現在までに日本の数多くの中小企業へ出資を行ない、支援を行ってきた投資育成会社は税理士、中小企業診断士、公認会計士など、専門資格を持った人材が揃っているため、経営についての有益なアドバイスを受けることが出来るでしょう。
3社合計では2018年3月までに5345社に2456億円の投資を行っており、2611社に投資を行ない、投資残高は878億円、うち211社が株式公開をしました。
投資実績 | タカラトミー キングジム 竹内製作所 株式会社アジェンダ 株式会社ニチリウ永瀬 アネックス株式会社 |
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主な投資対象 | 将来性のある中小企業 |
URL | 東京:https://www.sbic.co.jp/ 名古屋:https://www.sbic-cj.co.jp 大阪:https://www.sbic-wj.co.jp/ |
DBJキャピタル(日本政策投資銀行グループ)
DBJキャピタルは日本政策投資銀行の100%子会社のベンチャーキャピタルで、日本政策投資銀行グループのベンチャーキャピタルである新規事業投資株式会社と知財開発投資株式会社が統合され設立。
規模や事業分野にとらわれず、新しいビジネスモデルや技術を用いグローバルな競争力で成長するベンチャー企業に対して投資、ネットワークを利用したファイナンス面のサポートなどを行なっています。更に、研究所や大学、企業の優れた技術や知財の事業化などについても強力なハンズオンでベンチャー企業立ち上げをサポートしています。
投資実績 | モジュラス株式会社 株式会社トラス 株式会社Smart Trade |
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主な投資対象 | グローバルな競争力のあるベンチャー企業 |
URL | https://www.dbj-cap.jp/ |
産業革新機構(INCJ)
株式会社産業革新機構から2018年9月に新設分割という形で発足したのが「INCJ」です。
組織や産業の垣根を超えてオープンイノベーションにより次世代を担っていく会社を育成することを目的として2009年7月に設立された産業革新機構は産業競争力強化法の改正法の施行に伴って「株式会社産業革新投資機構」として新たな活動を開始。
INCJの全株式は株式会社産業革新投資機構が保有しますが、INCJは産業革新機構の事業を引き継ぐという形で出資先企業への投資、イグジットへ向けた活動を行っていきます。
主な投資対象はIT、工業、エネルギー関連。社会的ニーズの高さ、革新性や成長性を重視した選定を行っており、海外企業への投資にも積極的です。
投資実績 | チリ水事業会社 アジアンベイシス株式会社 アグラ株式会社 |
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主な投資対象 | 社会的ニーズが高い企業 |
URL | https://www.incj.co.jp/index.html |
政府系ベンチャーキャピタルからの資金調達を受ける方法
以上、5つの政府系ベンチャーキャピタルをご紹介致しました。ここからは政府系ベンチャーキャピタルからの資金調達を受ける方法について解説していきますが、前述の通り政府系ベンチャーキャピタルの中にも経営方針や出資先企業に求めるもの、投資対象の違いなどがあります。
そのため、ここからは主要な政府系ベンチャーキャピタルである「投資育成会社」から資金調達を行うための方法について解説します。
投資対象となる企業
中小企業ならば全ての企業が投資育成会社から出資を受ける事ができるという訳ではありません。対象となるのは以下のような企業となっています。
- 資本金:投資前の資本金が3億円以下の株式会社
- 配当:安定的な配当を維持することが可能
- 業種:全業種
- 企業の成長段階:設立直後~上場直前
また、既に投資育成会社から出資を受けたことがあるという企業は3億円を超える資本金額でも追加出資を受けることが可能です。
出資方法
出資には「株式の引受」と「新株予約権付社債の引受」という2つの方法があります。
総議決権の半分を超える株式の引き受けは行われませんが、いずれも出資上限額は決まっておらず、相談の上で金額を決定します。出資後の株式の保有期間についても定めておらず、経営を安定させることを目標として長期保有を前提とした出資を行っています。
株式の引受
設立・増資の際、発行済み株式の50%以内という範囲で株式の引き受けが行われます。創業期投資、設立投資の場合を除き、出資後は安定的な配当が求められます。
- 引受株式…出資先企業が発行する普通株式・種類株式の引き受け
- 引受価額…原則、1株当たりの予想利益をもとにして企業の将来性を総合的に判断し算出
- 持株比率…原則、増資後の議決権総数の50%以内で相談に応じて
新株予約権付社債の引受
持株比率50%以内の範囲内で引き受けが行われます。利率は長期プライムレート(民間の金融機関が企業対し1年以上資金の貸し付けを行う際の貸出金利)が基準となります。
- 新株予約権の行使価額…株式の引受価額と同じ方法で算出
- 引受限度…全ての新株予約権を行使したとした場合の議決権総数の50%以内(※新株予約権のみの引受も可能)
出資申し込みの流れ
投資育成会社から出資を受けるための申込みの流れは以下のようになっています。
この出資の申し込みから実際に出資を受けるまでには一般的に2ヶ月から3ヶ月ほどを要します。急ぎの出資を望んでいる場合には別途投資育成会社へ相談してみましょう。
また、申し込み方法については投資育成会社によっても異なります。詳しくは担当地域の窓口へ問い合わせを行ないましょう。
- 相談
企業のパンフレット、決算書(直近3期分)、株主名簿などを提出し事業概況や増資計画についての説明・相談 - 申込
投資決定に必要な資料(事業経歴書、事業計画書、製品カタログ、役員の経歴など)の用意 - 事前調査
事業者を投資育成会社が訪問。事業計画、事業内容、経営方針や収益の見通しなどについてのヒアリング - 投資決定
投資の可否や、条件についての決定 - 資金払込
株式や新株予約権付社債などの発行手続き、資金の払い込み - プレスリリース
新聞などで公表
審査基準・項目
投資育成会社は以下のような審査基準や審査項目で出資先企業の選定を行っています。
- 成長が見込める事業であること
- 経営基盤強化など、努力がみとめられること
そして、このような審査基準は以下の審査項目によって判断されます。
- 技術や設備の優位性、独自性
- 事業の競争優位性や成長性
- 経営管理層のマネジメント能力
- 営業力や販売力
- 事業計画の実現性、収益力
- 財務の健全性
- その他、審査に関する必要事項
会社設立時に出資を受けるという場合にはビジネスプランをもとにして審査を行ないます。
投資育成会社の審査の難易度については、投資育成会社のホームページに記載の利用者の声からもわかるように、比較的厳しい基準が設けられています。
しかしながら、審査の厳しい国策会社からの出資を受けているということはそれだけで社会的な信頼度も高くなるということを意味しており、投資育成会社からの出資を受けることは資金調達という側面以外にも大きなメリットがあるということがわかります。
日本プラスト株式会社(東証2部、富士宮市)
株式上場というはるかな希望、目標への窓口が、投資育成であった。投資育成会社の審査は極めて厳しいもので、この審査に合格して資本参加を受けることは、並大抵のことではできなかった。審査の厳しさと国策会社としての権威もあり、金融機関その他の信頼度も大いに高まったものである。
引用元:東京中小企業投資育成
株式会社東京測器研究所(品川区)
投資育成を利用するためには、経営力、事業の将来性、競争優位性、営業・販売力などあらゆる面から審査され、出資を受けられるのは成長の見込みのある中小企業に限られている。このことから、当社が成長と発展を期待できる企業として客観的に認められたことになり、社会的な信用もさらに高まった。
引用元:東京中小企業投資育成
メリット
政府系ベンチャーキャピタルである投資育成会社から出資を受けるのにはどのようなメリットがあるでしょうか?
投資・育成で中小企業の健全な成長をサポートを行うということを目的としている投資育成会社から出資を受けるメリットについて解説していきます。
自己資本比率の改善
返済義務のない出資を受けることで自己資本比率が改善されます。増資資金は担保がいらない長期安定資金として活用することが可能です。
経営の自由度が下がりにくい
民間系のベンチャーキャピタルの場合、最終的な利益を得ることを大きな目標としているため、イグジットのために経営コンサルティングを行ったり役員の派遣を行ったりと、企業の経営に深く関わってくることがあり、場合によっては経営権を握られてしまうこともあります。
しかしながら投資育成会社は経営者の自主性を尊重し長期安定株主としてサポートを行なうため、経営の自由度は下がりにくくなります。
株式上場を目指せる
上場ずることは義務付けられておらず、具体的な上場計画がない場合でも基準をクリアすれば出資対象となりますが、上場を目指したい場合にも投資育成会社からの出資を受けることはメリットとなります。
投資育成会社からは資本戦略を始めとした内部管理体制の整備、専門的人材の紹介など、株式上場のための総合的なサポートを受けることが可能です。
また、株式上場した後も安定株主としてのサポートが期待出来ます。
育成支援を受けることが出来る
出資という資金面での援助の他にもコンサルティング、経営相談、人材育成プログラムの受講など、専門資格を持った人材から様々なアドバイスや育成支援を受けることが出来ます。
異業種交流の場なども設けられており、人脈を広げたり情報交換を行うことも可能です。
円滑な事業継承
後継者育成に特化したセミナー・相互交流会などで後継者育成についてのサポートを受けることが出来るため、円滑な事業継承を行うことができ、継承に困っている経営者にとってもメリットがあります。
投資育成会社が引き受けた持分比率だけ自社株の評価を下げる事が出来るため、後継者の株式買い取り負担を軽減することも出来ます。
信頼度の向上
国策会社である投資育成会社は出資に比較的厳しい基準を設けています。
そのため「投資育成会社から出資を受けている企業」というだけでも金融機関など社会的な信頼度も高まることとなります。
注意点
審査基準こそ厳しいものの、無理に上場を求めることなく長期安定株主としてサポートを行ってくれる投資育成会社ですが、出資を受ける際にはいくつかの注意点もあります。
投資育成会社は事業者に対し、以下のような3点を守ることを求めているのでしっかりとチェックしましょう。
- 安定的な配当を出すこと(早期にIPOを目指す場合を除く)
- 定時株主総会の開催前に決算内容についての説明を行うこと
- 投資育成会社の保有株式を譲渡する場合には同族以外も相手先に含めること
まとめ
出資先企業の自主性を尊重した出資スタンスの投資育成会社は、民間系のベンチャーキャピタルや一般の投資家と比較すると自由度の高い経営を行えるという魅力があり、更に、駆け出しの企業だけでなく上場目前の企業など、創業からある程度の年数が立った企業でも出資を受けるチャンスがあります。
国が監督している機関だけあって審査基準は厳しく、申し込みのための書類作成などの準備に手間はかかりますが、出資を受けることで社会的な信頼度が高まるなど、メリットは大きいです。
ベンチャーキャピタルから出資を受けたいと思った時には、まず、投資育成会社など政府系ベンチャーキャピタルからの出資を検討しつつ、他の方法も合わせて検討するといいでしょう。