ベンチャー企業やスタートアップ企業にとって非常に重要な課題となるのが事業を展開していくための資金調達です。
今までいくつもの会社を立ち上げてきた経営者が起業家であれば銀行などからの融資を受けることも出来ますが、これから初めて起業するという場合や実績がない場合には資金調達手段が限られるだけでなく、資金調達自体が難しくなります。
銀行などからの融資は基本的に難しいため、日本政策金融公庫や制度融資、信用保証協会の保証付き融資、クラウドファンディング、もしくはベンチャーキャピタルやエンジェル投資家にアピールすることで資金繰りをしなければなりません。
しかし、この他にもまだ奥の手とも言える、ほとんどのベンチャー企業・スタートアップ企業が利用していない資金調達の方法として「私募債」というものがあるのはご存知でしょうか?
この記事では融資やベンチャーキャピタル、エンジェル投資家からの資金調達に比べあまり知られていない私募債とはどういうものなのか、メリットやデメリット、そして利用する際のポイントについて詳しく解説していきたいと思います。
私募債とは
私募債(しぼさい)とは、企業が発行する社債(企業が発行出来る債券のこと)の一種です。株主との権利を示すのが株券であるのに対し、企業にお金を貸したことを証明する借用証明書が債券です。
資金調達を行いたい企業は、投資家に対し社債を販売することで資金を調達します。債券には満期が定められており、満期となる償還日には投資家に全額を一括で返還しなければいけません。発行体にお金を貸す代わりに、投資家は利子を得ることが出来ます。利子の支払いは定期的に支払う方法と償還日に一括で支払う方法など様々な支払い方があります。
社債には「私募債」と「公募債」があります。
証券会社を通じて広く一般に投資家を募る公募債は多額の資金調達を行うことが可能ですが、法律によって厳しい規制が行われます。また、公募債の発行には有価証券届出書を提出する必要があるだけでなく、発行後も社債管理者を設置するなど債権者の保護に努める必要があります。資金調達までには1ヶ月ほどと、時間がかかります。
私募債は募集対象を限定して発行する方法で、募集を限定し発行します。少数投資家が直接引き受けるという特徴があり、規制も公募債に比べると緩やかで手続きも簡略化されており、有価証券届出書を提出する必要もないため社債管理者が設置されることは少ないです。
2種類の私募債
私募債には「少人数私募債」と「プロ私募債」の2種類があり、募集対象の限定方法、発行総額、一口あたりの最低発行額が異なっています。
発行後の所有人数を50人未満で維持する少人数私募債では、譲渡制限を設けなければいけません。債権者数の管理のため、基本的に経営者の友人、親戚、知人、取引先などの縁故者を少人数私募債の発行対象とすることが多いです。
少人数私募債 | プロ私募債 | |
---|---|---|
発行対象・人数 | ・譲渡制限が必要 ・50人未満 |
・機関投資家のみ ・人数制限なし |
発行総額 | 1億円未満 | なし |
最低発行額(一口あたり) | 1/50以上 | なし |
私募債のメリット・デメリット
ここからは私募債のメリットやデメリットについて詳しく解説していきたいと思います。私募債を利用する際にはメリットだけでなくデメリットについてもしっかり理解してから利用するようにしましょう。
メリット1:借り入れしやすい
資金調達と言えばまず考えられるのが銀行など金融機関からの融資ですが、まだ実績のないベンチャー企業やスタートアップ企業の場合、融資審査を通過することは非常に難しくなります。
しかしながら、私募債の場合は審査が不要で、借り入れの際に必要な担保や保証人も必要ありません。
私募債せよ公募債にせよ、そのシステムは「複数人の対象者からお金を借りる」というものです。1つの金融機関から1000万円を借り入れるより、複数人から数十万円ずつ集める方が簡単ということです。
メリット2:手続きが簡単
上場企業が主に発行する公募債の場合、幹事証券会社の引き受けが一般的に必要なため、有価証券届出書だけでも時間がかかり、1ヶ月ほどを要します。
私募債の場合、株主の決議もしくは取締役会があれば発行することが出来るため、手続きがとても簡単なのです。銀行保証付私募債など発行の他のほとんどの手続きを行ってくれるものを利用すれば更に必要な手続きは簡略化されることになります。
メリット3:コストを抑えることができる
資金調達コストを抑えることが出来るというところも私募債の魅力の一つです。公募債と比較すると、私募債は監督機関への申請や証券会社への依頼を必要とせず、社債管理会社を通す必要もなく、私募債を発行する際に決定した利率は損金として扱うことが出来ます。
このように私募債には多くのコスト面でのメリットがあるのです。銀行などの保証を受けない場合、自社で資金集めを行う直接金融である私募債はコストを抑えることが出来ます。
デメリット1:銀行の私募債は手数料・保証金が必要
会社の私募債を取り扱うことは銀行としてもたくさんのメリットがあるため、決算期末の3月、9月には勧誘が行われていますが、銀行を利用した私募債の場合、登録手数料や財務代理人手数料など、多くの手数料や保証金が必要となります。
もちろん、手数料や保証金が発生する分、保証を受ける事ができるなどメリットもありますが今後のことも考えると検討には慎重になる必要があります。
デメリット2:発行の審査基準は厳しい
公募債に比べると発行手続きが比較的簡単に行うことが出来る私募債ですが、その発行のための審査基準は厳しくなっています。
私募債を発行する時には企業の財務状態に厳しいチェックが入り、もしも基準に満たなければ発行することが出来ないのです。
逆に、私募債が発行できるということは一定の基準を満たした優良企業であるという証拠にもなります。私募債を発行出来れば資金調達が出来るだけでなく、自社の信用度をアップさせることにも繋がります。
私募債を利用する際の3つの要点
私募債のメリットとデメリットについておわかりいただいたと思いますが、ここからは実際に私募債を利用する際に注意しておきたい3つの要点について解説していきたいと思います。
1:キャッシュフロー改善目的で利用しない
私募債は発行会社が詳細事項を決定することが出来ます。しかし、2〜7年の間で償還期限が来るということはしっかり理解しておく必要があります。
どのようにして償還期限を設定するかについてですが、私募債を使う際の事業計画で一体どれほどの利益が出るのかということをもとに算出するといいでしょう。
万が一、償還ができなくなってしまうようなことがあれば大変です。そのため、会社のキャッシュフロー改善や運転資金として使用するのは避け、開発資金などを目的として私募債を利用するようにしましょう。
2:自社の情報開示
少人数私募債は50人未満と、限られた人数で資金調達を行う方法ですが、何より大切なのが債権者・引受人の信頼関係です。会社の情報や事業計画などは募集事項、社債発行趣意書にしっかりと記載する必要があります。
会社の財務状況などについても同様で、これらの開示を行うこと、そして利息支払い時や償還期限に状況報告を行うことで債権者・引受人との信頼関係を強いものにしていくことが出来るはずです。
3:償還期限・利率の設定に注意する
償還期限や利率は会社の経営状況や財務状態をしっかり考えた上で設定しなければいけません。一般的に適当だと言われる利率は2〜5%ほどとなっています。
償還期限についても運転資金としてならば1〜3年、設備資金としてならば3〜5年など、適した期限があります。迷ってしまってなかなか決めることが出来ない場合の判断基準は「期限までに確実に償還可能であるかどうか」です。簡単に考えて後で苦しい思いをすることになってしまわないよう、慎重に検討しましょう。
まとめ
投資家に直接的な募集を行うことが出来る私募債は償還期限や方法についても交渉することが出来る柔軟性や、手続きの簡単さ、コストを抑える事が出来るという魅力ある資金調達方法ですが、償還期限は基本的に2〜7年で訪れます。
つまりその間で成功し、キャッシュフローが良くなるという状況が見込めなければ償還期限に償還することが出来ず、問題になってしまうのです。
どのような流れで償還期限に一括返済出来るのか。これらのことを債権者・引受人に対して納得してもらえるように伝え、信頼してもらう事が出来なければ融資してもらうことは出来ません。
そのためにもしっかりした事業計画を立てる必要があります。事業計画書を外部の人間に見てもらうということはなかなか無いと思いますが、指摘を受けながらより良い事業計画を作り上げていくといいでしょう。