日本の企業に占める中小企業の割合は、約99%を占めており、日本経済は中小企業によって成り立っていると言えます。
一方で、日本では中小企業と大企業の間に大きな格差が存在しています。
具体的には、業種を問わず、中小企業の生産性は大企業の半分程度です。
また、中小企業は深刻な人材不足に悩まされており、採用難や経営者の高齢化など、厳しい状況に置かれています。
そのため、中小企業が生き残るためには、ICT化の導入やM&Aによる事業継承など、生産性向上への取り組みが必要となります。
しかし、多くの中小企業では、生産性向上の投資に割くための資金が不足していたり、経営者のマインドに問題があるなどの理由から、業務改善をすすめることが難しい状況にあります。
そうした中小企業の問題解決のために、「中小企業経営力強化助成制度」を活用することができます。
当助成制度は、全国の地方自治体が施行しています。
当助成制度の特徴は、プロの中小企業診断士による「伴走型」支援です。
具体的には、企業が「自律的」に自社の問題を解決し業績を改善していけるよう、①企業診断の実施、②中長期的な視点からの課題解決支援、③支援の出口戦略としての販促PR活動に対する助成、という3段階の支援を受けることができます。
創業して日が浅い経営者にとっては、当助成金を活用することで、企業経営における課題解決の勘所をつかむことができます。
当記事では、東京都が施行している「ネクスト・目指せ!中小企業経営力強化事業」を例に、中小企業経営力強化助成制度の3段階の支援策を以下の構成で徹底解説していきます。
中小企業が抱える経営上の問題
助成制度の説明の前提として、日本の中小企業が抱える経営上の問題を把握しておきましょう。
以下では、2019年度の「中小企業白書」から、中小企業が抱える問題を整理します。
生産性の低さ
第1の問題は、生産性の低さです。
日本においては、大企業と中小企業の間に約2倍の生産性の格差があります。
そしてその差は、過去20年の間に徐々に拡大しています。
「従業員一人当たりの付加価値額」で見た生産性は、1990年時点において大企業の平均は、製造業で1,164万円、非製造業で1,228万円でした。
中小企業の平均は、製造業で601万円、非製造業で610万円でした。
一方、2015年時点では、大企業の平均は、製造業で1,330万円、非製造業で1,212万円とほぼ横ばいでした。
しかし、中小企業の平均は、製造業で570万円、非製造業で547万円と減少傾向にあります。
人手不足
第2の問題は、人手不足です。
中小企業における「従業員数過不足DI」(従業員数が「過剰」と答えた割合から「不足」と答えた企業の割合の差)は、2013年度以降、全業種においてマイナスで推移しています。
そして、マイナス幅は年を追うごとに拡大しています。
特に、建設業において拡大が広がっています。
人手不足の背景には、日本の生産年齢人口(15~64歳)の減少があります。
1985年時点において、日本の生産年齢人口は8,700万人でしたが、2015年は7,700万人まで減少しています。
さらに、2060年には約4,800万人まで減少することが予想されています。
日本の学生の大企業志向が強いことも、中小企業の人手不足に拍車をかけています。
従業員中小企業における大学卒業予定者の求人倍率は、2016年度の3.6倍から年々増加しており、2019年度には9.9倍にまで拡大しています。
一方で大企業においては、2016年度から1.0前後を推移しており変化が無い状況です。
経営者の高齢化
第3の問題は、経営者の高齢化です。
先に見た人手不足と相まって、中小企業では経営者の高齢化が進んでいます。
中小企業経営者の年代別の年齢分布のピークは、1995年では47歳でしたが、年々高齢化しており、2018年には69歳にまで上昇しています。
経営者の高齢化は、後継者が不在であること、つまり事業継承が難しくなっていることを意味しています。
次世代に事業が継承されないと、特色のある事業を営んでいたとしても廃業せざるを得なくなりますので、後継者不足は中小企業にとって深刻な問題です。
経営上の問題に対する解決策
こうした中小企業の経営上の問題を解決するためにはどうすれば良いのでしょうか?
経営上の問題を解決するには下記のような取り組みが必要です。
ICT化の推進
第1の解決策は、ICT化の推進です。
中小企業庁が2019年3月に公開した調査「中小企業・小規模事業者のIT利用の状況及び課題について」によると、中小企業は大企業に比べてICT化が遅れています。
業種全体では、ワード、エクセルなどの一般オフィスシステムや、電子メールなどの汎用的なツールの普及率は6割弱となっています。
また、調達・生産・販売・会計などの業務統合ソフト(ERP)、請求書や注文書などの電子化による電子商取引や受発注管理(EDI)の普及率は2割程度にとどまっています。
更に、スケジュール管理や情報共有などを目的としたグループウェアの普及率は1割程度となっています。
ICT化は、上述のような社内業務の効率化以外にも、SNSを活用したデジタルマーケティング、ECサイトの開設による販路の拡大、IoTを用いた大量データの取得、AIによるデータ分析など、収益拡大を目的とした企業戦略の面からも、大きな生産性向上の可能性を秘めています。
加えて、近年はクラウド化の進展により、サーバ等の機器やシステム保守などの管理一式を外部化させることができます。
ITスキルを持つ人材が不足する中小企業にとっても、ICT化を推進する環境が整ってきたと言えます。
事業継承
第2の解決策は、事業継承の遂行です。
近年、人手不足や後継者不足などの経営課題を解決する手段として、M&Aが注目されています。
小規模であっても特色のある技術や研究開発力を持つ中小企業は、競合他社や大企業にとって魅力的な買収・統合対象となります。
中小企業にとっても、大手企業との合併により新たな販路を拡大できるなど、大きなメリットがあります。
M&Aには負のイメージがありますが、シナジーを生み出す経営統合は、買収する側にとってもされる側にとってもメリットが大きいものです。
中小企業の経営が行き詰る理由
これまで見てきたように、中小企業が生き残るためには、様々な取り組みが考えられます。一方で現実問題として、自律的に社内の問題を解決することができず、経営が行き詰ってしまう企業もたくさんあります。
生産性向上の投資に回す余剰資金の不足
第1の理由は、ICT化など生産性向上の為の投資に回す余剰資金の不足です。
先に見たように、多くの中小企業は生産性が低い状況です。
これは利益率の低さ、すなわち内部留保を積み上げることが難しいことを意味しています。
日々の操業を借入金によって成り立たせているケースも多く、資金繰りの課題は経営者を常に悩ませています。
このような状況では、生産性向上のための投資を行うことは困難です。
経営者のマインドの問題
第2の理由は、経営者のマインドの問題です。
中小企業の経営者は、人材不足から、自ら営業担当として客先訪問などに時間を割かざるを得ません。
一方でその行為は、経営者として行うべき「企業戦略の策定」や「会社制度の整備」などを放棄していることになります。
経営者の本来の業務は、あくまでも経営であり、製造や販売等の実業務からは離れる必要があります。
一時的に実業務に携わざるを得ない場合も、出来るだけ早く離れることができるよう、後任のアサインやそれに繋がる人材育成を常に意識しておかなくてはなりません。
経営者自身が目先に捉われ、役割の線引きができないことで、頑張っているにもかかわらず問題が放置されたままとなり、業績が向上しない状況が続いてしまいます。
社内業務の属人化
第3の理由は、社内業務の属人化です。
人手不足に悩まされる中小企業においては、社員の業務負荷が慢性的に高い状況が続いています。
その結果、通常であれば複数人で行うような業務を一人で行わざるを得ない場合もあります。
その場しのぎとしては仕方無い面もありますが、一方で業務が属人化してしまい、業務の効率化が行われない側面もあります。
業務を改善する第三者が不在であることで、本来は仕組化されて簡素化されるべき作業も、煩雑なまま継続されてしまいます。
そして、本人しかさばけないブラックボックスが拡大していきます。
このように、属人化は、中長期的に組織としての生産性を低下させ、業績が停滞する状況を作り出します。
中小企業経営力強化助成制度について
これまで見てきたように、多くの中小企業は、問題を抱えているにもかかわらず、問題解決解決が難しい状況に置かれています。
そのような状況を改善するために、政府による「中小企業経営力強化助成制度」を活用することができます。
この中小企業の経営力強化のための助成制度は、日本全国の地方自治体が施行しています。
助成制度の概要
以下では、その一例として東京都の取り組みである「ネクスト・目指せ!中小企業経営力強化事業」の概要を紹介します。
制度の詳細や申し込み方法などについては、下記の「公益財団法人 東京都中小企業振興公社」による助成金のホームページをご確認ください。
「販路拡大助成事業~展示会への出展に関する助成~」
(1)助成金の申請要件
1.事前に「申請者向け説明会」に参加していること(参加必須)
2.都内商工会議所・商工会、東京都商工会連合会で「経営診断」を受け、当助成事業の利用が有効とされていること
3.下記ア、イ、ウのいずれかに該当すること
ア 直近決算期の売上高が、前期と比較して減少している
イ 直近決算期で損失を計上している
法人:営業利益、経常利益、税引後当期純利益のいずれか
個人:所得金額 又は 差引金額
ウ 「アシストコース」を修了している
4.企業の設立後、決算2期以上経ていること
※前年度に助成金の交付を受けた事業者は申請できません。
(2)助成対象費用
国内外の展示会等への出展費用等の助成対象経費
①出展小間料
②資材費
③輸送費
④販促費
⑤広告費(⑤は①~④)の20%以内
(3)助成対象期間
交付決定日から1年1か月
(4)助成限度額
150万円
(5)助成率
小規模企業者=2/3以内
その他中小企業者=1/2以内
助成制度による3段階の支援
当助成制度の特徴は、中小企業診断士の専門家による、3つの段階からなるきめ細かな「伴走型」の支援と、継続的なフォローアップです。
「伴走型」とは、押し付けでなく、中小企業の経営者が自ら自社が抱える問題に気づき「自律的」に解決を図る力を付けさせる支援です。
下記では、当助成金による3段階の支援を詳しく説明していきます。
プロの中小企業診断士による企業診断
第1段階は、プロの中小企業診断士による企業診断の実施です。
当助成金を申請する条件として「経営診断」を受ける必要があります。
この経営診断は、商工会議所からプロの中小企業診断士が委託されて実施します。
診断にあたっては、企業は専用フォーマットのチェックリストを提出する必要があります。
このチェックリストは、「戦略・経営者」「マーケティング」「組織・人材」「運営管理」「財務管理」「危機管理・社会環境・知財管理」の6つの分野から構成され、全部で70項目にもおよぶチェック項目があります。
加えて、チェックリストには、自由記述で自社の抱える課題を記入する欄があります。
また、自社の財務状況として、損益計算書、貸借対照表の提出も求められます。
中小企業診断士は、企業から提出されたチェックリストと別途実施するヒアリングをもとに診断報告書を作成し、企業にフィードバックします。
中長期的な視点からの課題解決支援
第2段階は、企業の中長期的視点からの課題解決支援の実施です。
診断報告書によって明らかになった企業の問題点に対し、中小企業診断士による課題解決の支援が行われます。
助成金の申請条件となっている「アシストコース」では、中長期的視点からの改善計画の作成およびその実施支援が行われます。
また支援にあたっては、助成期間中、9回まで中小企業診断士を対象企業に派遣することが認められています。
助成の出口戦略への支援
第3段階は、出口戦略に対する支援です。
当助成制度の最終ゴールは、企業が自律的に自社の独自の強みを見出し、稼ぐ力を付けて売上と利益を伸ばしていくことです。
当助成制度では、出口戦略として、自社製品の販売促進のため、展示会出展などのPR活動に対する助成を受けることができます。
これは、広告宣伝費などに多額の資金を投入する余裕が無い中小企業とって、販売促進のための有効な支援策になります。
まとめ
これまで見てきたように、日本では、大企業と中小企業の間には大きな格差が存在します。一方で、中小企業の多くは、生産性向上の為の投資に回す余剰資金の不足などの理由から、格差を解消する取り組みを行うことができない状況にあります。
そうした状況を改善するため、日本の各地方自治体は「中小企業経営力強化助成制度」を施行しています。
当助成制度の特徴は、中小企業が「自律的」に自社の問題解決を進めることができる為のプロの中小企業診断士による、3段階からなる「伴走型」の支援です。
・プロの中小企業診断士による企業診断
・中長期的な視点からの課題解決支援
・支援策の出口戦略への支援
当助成制度を受けることで企業経営における問題解決の勘所をつかむことができるでしょう。
特に、企業を設立して日が浅い経営者においては、当助成制度は十分に検討に値するものと言えます。