
昨今の人手不足は、企業経営者、特に中小企業の経営者にとって、とても深刻なものです。
経営者の中には、「人手不足は一時的なものである」「採用活動の強化により解決するであろう」と考える方も多いと思います。
しかし、日本社会の人手不足は決して一時的なものではなく、今後もさらに悪化していきます。さらに、少子高齢化によって若年層の数が減少していくため、採用による新たな人員確保も難しいのが実情です。
こうした状況においては、企業の人手不足解消のためには「高齢者活用」がカギとなります。しかし、高齢者は、長年の経験によって経験や技術、ノウハウなどが豊富である一方、体力の衰えから来る問題を抱えています。
そのため企業が高齢者活用を進めていくためには、高齢者が働きやすい職場環境の整備など、解決すべき課題があります。
一方で行政でも、企業がより積極的に高齢者活用を推進して行くための制度作りを推進しています。高齢者活用を検討している中小企業経営者が注目しておきたいのが、「エイジフレンドリー補助金」です。
以下では、(1)~(3)の構成で、日本社会の人手不足の現状、高齢者活用の課題、そして高齢者活用に向けた「エイジフレンドリー補助金」の活用について紹介していきます。
(1)日本社会の人手不足の現状について
(2)高齢者活用のメリット・デメリットについて
(3)エイジフレンドリー補助金の活用について
日本社会の人手不足の現状について
東京商工リサーチの調査によると、2019年上半期における、人手不足による企業の倒産件数は191件(前年同期比3.2%)となっています。これは、集計を開始した2013年以降で最多です。実際に、調査対象企業の66.4%が「人員が不足している」と回答しています。
日本社会の人手不足の背景
最初に、日本社会の人手不足の背景を整理していきます。
(1)少子高齢化による生産年齢人口の減少
日本の総人口は、2008年をピークに減少局面を迎えています。総務省の試算によると、2060年には総人口が9,000万人を割り込み、65歳以上の人口が40%近い水準となります。
少子高齢化により問題になるのは「生産年齢人口」の減少です。生産年齢人口とは、15歳以上から64歳までの、生産活動に従事できる年齢の人口のことです。
総務省によると、生産年齢人口は1990年代まで増加を続け、1995年には8,726万人になりました。しかし、その後は減少しはじめ、2015年には7,728万人にまで減少しました。そして将来的には、2030年には6,773万人、2060年には,418万人にまで減少することが試算されています。4,418万人は、1995年の約50%にすぎません。
(2)従業員の高齢化
人手不足と並行して、従業員の高齢化も問題になっています。これまで企業を支えてきた熟練の従業員たちが定年退職することで、人手不足が深刻化しています。
中小企業庁が行っている「承継アンケート」によると、高齢者層の退職により企業経営に「影響がある」「少し影響がある」と回答した企業の割合は54.8%と半数にのぼります。
(3)新たな人材獲得の厳しさ
生産年齢人口の減少により、若手社員の新規雇用が難しくなっていることも、従業員の高齢化に伴う人手不足に拍車をかけています。
最近の内閣府の調査によると、仕事の見つけやすさの指標である「有効求人倍率」は、2017年4月にバブル期最高の1.46倍を超える1.48倍と試算されています。
これは、企業の人材獲得の厳しさを物語っています。特に中小企業にとっては、求職者の安定志向による大手志向が根強いこともあり、求人に応募が集まらない状況が今後も続くことが見込まれています。
(4)働き方の多様化
価値観が多様化した若年層世代では、仕事のやりがいや、福利厚生を重視する人も増えています。そのため、金銭面の条件だけでなく、従業員の「働きやすさ」に取り組んでいる企業の人気が高まっています。
また厚生労働省によると、特定の企業に属さない「フリーランス」が約170万人います。正社員の獲得が難しい場合、派遣社員やフリーランスの活用も視野に入れる必要がありますが、多様な働き方が可能になるよう、会社制度を整えていく必要があります。
しかし、福利厚生や労働環境の改善に大きなコストを割くことが難しい中小企業では、働き方の多様化に合わせて会社制度を整えていくことが難しいのが実情です。そのことも、中小企業が採用活動で苦戦を強いられる背景になっています。
人手不足によって高まる企業倒産のリスク
高齢者の定年退職によって生じた従業員数の減少は、若年層の採用によって補わなくてはなりません。しかし、採用難によって従業員の数が減少すれば、現場の従業員への負荷が増加します。そして商品やサービスの質の低下にもつながっていきます。
東京商工リサーチが2016年に行った調査によると、「人手不足」関連の倒産が310件も発生しています。内訳は、代表者の死亡や後継者がいないことによる「後継者難」型が268件、求人に対して人材が集まらなかった「求人難」型が24件、定年退職や転職などによる「従業員退職」型が18件、「人件費高騰」型が18件となっています。
このように、人手不足が深刻化している昨今では、企業倒産のリスクも高まっています。
高齢者雇用の利点と課題について
少子高齢化により若年層の人員確保が難しくなる中、高齢者活用を積極的に進めようとする企業が増えています。しかし、高齢者活用をすすめるためには、利点とともに解決すべき課題を把握しておく必要があります。
高齢者活用の利点
高年齢者活用には、下記のような3つの利点があります。
(1)経験・スキル・ノウハウ・人脈の活用
(2)若手社員の手本としての役割
(3)組織の知見が広がる
(1)経験・スキル・ノウハウ・人脈の活用
高齢者には、これまで培ってきた経験に基づくスキルやノウハウがあります。そのため、同業種への転職や再雇用による継続雇用の機会を得た場合、蓄積されたスキルやノウハウを活かすことができます。
加えて、これまで培ってきた人脈を活かし、新たなビジネスチャンスにつなげることもできます。
(2)若手社員の手本としての役割
高齢者は、働く意欲が高い方が非常に多いです。高年齢者達が意欲的に働く姿を見ることで、従業員のモチベーションが向上し、組織が活性化します。
さらに、高齢者は、若年層と比べて礼儀正しく勤務態度が良好な方が多いため、他の従業員の手本になります。
(3)組織の知見が広がる
高齢者が持つ知恵や価値観を企業風土に上手に融合すれば、会社組織全体の知見が広がります。それにより、新たなビジネスモデルの構築や業務の効率化につながる可能性も出てきます。
高齢者活用の課題
一方で、高齢者活用を進めるにあたっての課題として、下記の2点が挙げられます。
(1)高齢者に優しい労務環境の整備
(2)高齢者の業務をサポートする仕組みの整備
(1)高齢者に優しい労務環境の整備
まず、高齢になると、年齢による体力面の衰えにより、思うように働けない方も出てきます。また、長時間労働による疾病リスクも高まってきます。そのため、時短勤務や健康診断の導入など、肉体面の不安を考慮した労務管理を整備する必要があります。
(2)高齢者の業務をサポートする仕組みの整備
高齢者社員は、経験が豊富である一方、新しい技術やスキルに疎い場合があります。また、動作の緩慢さや記憶力の低下などによるミスも発生します。そのため、標識や目印の設置、補助ロボットの導入など、高齢者の業務をサポートする仕組みの導入が必要です。
エイジフレンドリー助成金の活用について
これまで見てきたように、人材不足に対処するためには、若年層の採用が難しいこともあり、高齢者活用がカギとなります。一方で、高齢者活用に向けては、体力面の不安による課題を解決する必要があることも事実です。
その解決策の一つとなるのが、政府による補助金制度の活用です。以下では、高齢者の肉体面のケアのために役立つ「エイジフレンドリー補助金」を紹介します。
エイジフレンドリー補助金とは
2019年11月27日の政府による有識者会議において、高齢労働者の労災防止に関するガイドライン骨子案が示されました。その中で、厚生労働省から、高年齢労働者の安全・健康の確保に向け、「高年齢労働者安全衛生対策補助金(エイジフレンドリー補助金)(仮称)」の新設が提示されました。現在は2020年度の施行に向け政府内で調整が進められています。
この補助金制度は、60歳以上の高年齢労働者を雇用する中小企業等を対象に、労働災害防止、健康確保等の独自の取組に対し、費用の一部を補助することを目的としています。
以下では、補助金の概要を紹介します。詳細については、厚生労働省のホームページをご確認ください。
第81回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会資料(資料1-資料4)
補助金の概要
(1)目的
高齢労働者の増加にともない、転倒や腰痛など、労働事故に占める高齢者の割合が増加しています。そのため、当補助金では、以下の取り組みに対する支援、促進を目的としています。
・高年齢労働者の安全・健康の確保のために努力する中小企業等の支援
・先進的な安全衛生対策技術等の普及促進
(3)対象者
60歳以上の高年齢労働者を雇用する中小企業等の事業者
(4)補助金の対象となる取り組み
〇高年齢労働者の特性に配慮した安全衛生教育に係る経費
〇高年齢労働者に優しい機械設備の導入等に関する経費
・自動ブレーキや踏み間違い防止装置付き車両の導入
・腰痛予防機器の導入等による腰痛予防
・熱中症防止ファン付き作業着の導入
・作業場内段差解消のための補修経費
・見やすい標識や警告灯の設置経費
・その他の先進的な安全衛生対策
〇健康確保のための取組(THP(トータルヘルスプロモーション)を含む)に関する経費
・高年齢労働者の体力低下について気づきを促す取組み
・ウェアラブル端末を活用したバイタルデータの「見える化」
・トレーナーや施設・設備による筋肉量の維持向上
・食事による栄養確保の視点から歯科健診や歯科保健指導等
(4)補助金額
補助率1/2(上限100万円)
まとめ
日本は深刻な人手不足にさらされています。2025年には、団塊の世代が75歳以上の「後期高齢者」となります。これは、国民の3人に1人が60歳以上になるという「超超高齢化社会」を意味しており、人手不足も一層深刻化していきます。
企業にとっては、高齢者活用を進めることで、少しでも人手不足を解消することが必要です。一方で、高齢者活用を推進するためには、高齢者が働きやすい職場環境を整備する必要があります。
「エイジフレンドリー補助金」を活用することで、高齢者が働きやすい環境を整備することができますので、企業にとって大きなメリットになるでしょう。施行後すぐに申請できるよう、制度の整備状況を注視しておきましょう。